私の基盤となった英語力を培ったもの

2018.11.03 Sat
海外 英会話 英語 語学

私が海外とのご縁をこれだけ持てるようになった基盤は、語学力、つまり英語力です。
私自身は高崎市に生まれ育ちましたし、学生の頃は高崎市のような地方都市で英語を話す人は教会関連者か大学の先生くらいでした。
今のようにネイティブスピーカーのいる英会話教室が町のあちこちにあったり、ATが小学校や中学校に配置されるなど、夢のまた夢です。

でも小さな頃から生きた英会話に憧れ、
「どうしてもネイティブスピーカーレベルの語学力をつけたい」
と常々思っていました。
しかも当時の私の夢は英字新聞の記者になることでした。

大学受験では希望した英文科に合格できず、希望しない国文科に行くか、または浪人するかという選択でした。
今思えば、本当にわがままな願いでしたが、両親に頼み込んで、当時は珍しい英語集中講座(ミシガン方式)をうたっていた御茶ノ水の「アテネフランセ」に通わせてもらいました。
朝から晩まで英語英語英語の毎日でしたが、とにかく私はスポンジのように色々なことを吸収し、半年経った頃にはかなり英会話力を身につけていました。
本当に両親に感謝です。

当時は社会人の生徒が多く、税関からも職員が三ヶ月〜六ヶ月単位で会話を学びに来ていたり、テレビのディレクターさんや、大学生、大学院生など、年齢、経験もまちまちな人でクラスが構成されていて、18歳だった私は最年少でみなさんに可愛がってもらいました。

当時東大生だった横山さんが、先日インスタに当時の懐かしい写真をアップしてくれました。

懐かしい思い出いっぱいになりました。
名前を思い出せる人、思い出せない人、が並んでいますが、当時の将来への夢で胸が膨れていた頃のワクワク感が思い出せます。

前列座っているのが私です。メアリー・レンツさんというハワイ出身の女の先生にも随分お世話になりました。
隣にいるのが、たしか、グレッグ・ストイッカー先生だったと思います。

ここでは中段左端に立っているのが私です。
横山さんが私の後ろ、そして思い出せるのが、私のすぐ右隣にいるのが韓国籍の李さん。
その隣が、美佐子さん、そしてその横が吉田さん。

みんな私より年上でした。
「みんな今どんな人生を送っているんだろう?」
と思いをはせています。

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