瞑想は「無になる」ことじゃない?3分で自分に戻る方法

2026.09.16 Wed

「私はあまり瞑想が得意ではない」

長い間、そんなイメージを持っていました。

 

その理由の一つは、最初に体験した「坐禅」にあるのかもしれません。私は幼い頃に股関節脱臼をしたことがあり、坐禅の姿勢そのものが苦痛でした。これでは、とても精神を集中させるどころではありません。

 

また、「瞑想」と聞くと、今でもどこか「スピリチュアルな人がするもの」という印象を持つ方もいるかもしれません。

けれど現在、マインドフルネスや瞑想は、宗教的な修行という枠を超え、心身のコンディションを整える方法として研究され、医療従事者のウェルビーイングや職場、スポーツなど、さまざまな分野で活用されています。もちろん効果については研究によって幅がありますが、ストレスや不安、ウェルビーイングとの関連を調べた研究も数多くあります。

 

かつて私自身、「瞑想」という言葉から「無になる」「悟りを開く」「宇宙とつながる」といったものをイメージしていました。

でも現代のマインドフルネスは、もっとシンプルです。

「今、この瞬間」に自分の注意を戻していく練習、と考えるとわかりやすいと思います。

私たちの頭の中では、放っておくと、

「昨日のあの失敗、嫌だったな」

「明日は大丈夫だろうか」

「あの人は私のことをどう思っているんだろう」

と、意識が過去や未来へ行ったり来たりしています。

 

瞑想は、そうした思考を無理やり止めることではありません。

「今、私はこんなことを考えているんだ」

「少し焦っているな」

「今日は呼吸が浅いみたい」

そんなふうに、自分の状態を少し離れたところから眺めてみる時間です。

 

 

今の私たちは、スマートフォンやSNS、メール、ニュースなどによって、一日の大半を外から入ってくる情報に注意を向けています。

そう考えると、瞑想とは精神修行というより、

散らばってしまった自分の注意を、自分のところへ取り戻す時間

なのかもしれません。

 

ウェルビーイングという視点から見れば、私は瞑想を「自分軸に戻るための時間」だと捉えています。

何も、20分も30分も姿勢を正して座らなければいけないわけではありません。

朝、3分だけ呼吸を感じてみる。

コーヒーを飲むときに、香りやカップの温度をいつもより丁寧に感じてみる。

散歩をしながら、足の裏が地面に触れる感覚に意識を向けてみる。

それだけでも、「今」に注意を戻す時間になります。

 

北欧でも、こうした瞑想やマインドフルネスは決して珍しいものではありません。

スウェーデンで2020年に500人を対象に行われ、2025年に公表された調査では、過去3カ月にマインドフルネスを利用した人が7.8%、瞑想を利用した人が7.2%でした。この研究では、補完・代替医療やセルフケアを利用する主な理由として、全般的なウェルビーイングの向上などが挙げられています。

ノルウェーの2024年の調査では、成人1004人のうち9.6%が、具体的な健康上の目的で瞑想を利用したと回答しています。ヨガやマインドフルネスなどを含むセルフヘルプの手法全体では21%が利用していました。

そしてデンマークでは、2020年に全国の妊婦を対象に行われた大規模調査で、回答した1万6380人のうち18%が何らかの瞑想を行っていました。その中でも最も多かったのは、精神的な健康を維持したり、より良くしたりすることを目的とした瞑想でした。

もちろん、これらは対象者も調査方法も異なるため、単純に国同士を比較することはできません。

ただ、少なくとも瞑想が「特別な精神世界のもの」だけではなく、健康やウェルビーイングを支える日常的な方法の一つとして捉えられていることはわかります。

 

そして私は、北欧の暮らしそのものにも、どこか瞑想に通じるものがあるように感じています。

自然の中で静かに過ごすこと。一人の時間を大切にすること。無理をしすぎないこと。そして、今あるものをゆっくり味わうこと。

「これから20分間、瞑想をします」と決めなくても、森の中を一人で歩く。湖のほとりで何もせずに過ごす。サウナの中で静かに自分の感覚に意識を向ける。

そんな時間にも、瞑想とよく似た要素があります。

 

まずは今日、3分だけでも構いません。

何かを「考えないようにする」のではなく、今の自分が何を感じているのか、静かに眺めてみる。

瞑想が苦手だと思っていた私にとっても、そのくらいの距離感なら心地よく続けられそうです。

関連記事

芳子ビューエル公式Facebookページ

北欧流ライフプロデュース術を発信していきます。
「いいね!」をお願いいたします。