介護の現場で直面する「老い」と「死」。母が語った究極の愛と死生観

2026.03.28 Sat

母が施設に入居して3年。骨折や転院を繰り返し、一時は意識が混濁することもありましたが、ここ数週間、驚くほどシャープな会話が戻ってきました。

私の実家に残る一冊のアルバム。そこには、21歳の母と27歳の父、そして生まれたばかりの私が写っています。実は今日、母の口から、今まで一度も聞いたことがなかった「二人の馴れ初め」が語られました。

母と私

どこかエキゾチックなルックスの父

父と母は、実は親同士が助け合う仲で、家が近かったそうです。 6人兄弟の末っ子で寂しかった父は、子供の多い母の実家へ毎日遊びに来ていたといいます。「あの子はよく食べに来るけれど、寂しいだろうから好きなものを食べさせてあげなさい」。そんな母方の祖母の温かな眼差しの中で、二人は育ちました。

「ひろちゃん」「かおちゃん」と呼び合い、幼い頃からずっと一緒。 母が高校生、父が大学生になったとき、父の「結婚しよう」という言葉に、母は「いいよ、ひろちゃんなら」と即答したそうです。

そんな父が先日、母の夢に現れました。 「どんな感じだった?」と聞くと、母は「学生の頃の、ハンサムなひろちゃんだった」と少女のように微笑みます。

「死んだらどこへ行くのかしらね」
「お父さんのいるところ……天国かね?」

そう笑う母の横顔には、ついさっきまで「早くお迎えが来てほしい」と漏らしていた悲壮感は微塵もありませんでした。

母は最後に「写真を撮って」と言いました。 髪を整え、顔をマッサージし、納得のいく一枚を。 愛する人のもとへ旅立つ準備を、母は自らの意思で行っているようでした。

北欧では、人生の最期まで「その人らしさ(自分軸)」を尊重する文化が根付いています。母の幸せそうな表情を見て、私は「早く父のそばに行かせてあげたい」と心から願わずにはいられませんでした。

皆さんは、人生の終わりに、誰を思い、どんな笑顔でいたいですか?

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